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大津地方裁判所 昭和32年(ワ)1号 判決

原告 西山義次

被告 山口秀雄

主文

被告は原告に対し金六万四千円とこれに対する昭和三十二年一月十一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

本判決は原告において金一万円の担保を供するときは原告勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

昭和三十一年十一月二十三日午後三時頃大津市垣内地先国道一号線路上において、被告が自家用自動車(番号大阪五―九〇六二号)を操縦して西より東方に向け進行中同路上にいた原告(昭和二十五年十一月七日生)の左大腿部に自動車の左前フエンダーを撃突せしめた結果原告は同部位皮下骨折の傷害を受け、前後二回に亘り延べ四十三日間の入院加療及びその間並びに予後長期間の療養を必要としたことは当事者間に争いなく、右事故の発生が被告の過失に起因したことも被告の認めて争わないところである。さすれば被告は右事故によつて原告の蒙つた損害に対し賠償をなすべき義務あること言をまたない。

証人和田きぬの証言と原告の親権者西山由造本人尋問の結果を綜合すると本件事故発生により原告が大津赤十字病院に入院中原告の両親は訴外和田きぬに依頼して原告の入院中の看護や原告家の留守番をして貰いその謝礼として同女に対し金四千円を支払つたことを認めるに十分である。しからば右四千円は原告の治療上必要な出費であつて、原告が被告に対しその賠償を請求し得ることは当然の事理と解すべく、事実原告の親権者がこれを支出したとしてもこの一事のみで当然に原告に損害がなかつたものとはいえない。

次に原告の精神的損害について考えて見るに、証人広島正信の証言と前記西山由造本人尋問の結果を綜合すると今日なお原告の受傷の部位には人目につき易い程度の傷痕があり、これにつき原告自身入浴時などには幼児とはいえ相当のしうち、劣等感を抱いているのみならず、今後相当期間跛行状態が続き、小学校においても遊戯遠足等の場合他の児童達と行動を共に出来るかどうか憂慮せられている事実を認め得べく、右事実や原告の年令、原告家の事情その他の事情等を考慮して、原告の受け又受くべき精神上の苦痛に対する慰藉料としては金七万円を相当と認める。

ところで、被告より過失相殺の主張があるので以下この点について検按するに、本件事故発生現場が前記の如く大津市垣内地先の国道一号線路上であつて、同路上を乗用車、トラツク等が頻繁に往来することは想像に難くない。しかして証人室川年一及び被告本人尋問の結果を綜合すると、本件事故が発生した際には原告は約七、八名の子供達と共に国道上の車道の中央や、その北側人道で円陣を作つて遊んでおり、被告操縦の自動車がそれに接近した途端原告が突如として後退して来たので、被告がこれを避けんとしてハンドルを左にきつたが及ばず、自動車の前部フエンダーを原告に衝突せしめた事実を認めることができる。以上の諸事実より考察するに、未だ幼き原告が国道上にある際には原告の両親は監護者として自らつき添い監督するか或は適当な保護者をつき添わせる等の措置を講じて原告の安全をはかると共に車馬の交通の円滑な運行を阻害しないよう協力する義務があることはいうまでもない。しかるに右義務をつくさず原告を他の幼児と共に国道上に放置して遊ばせていたとあつては監護者としての責をつくしたものとはいえず、原告の親権者達にも軽度とはいえ過失があり、その過失が被告の過失と相まつて本件事故を発生せしめたものというべきである。

そこで被害者たる原告が自ら損害賠償を訴求する本件において、被告は原告の監護義務者たる父母に過失があることを理由として賠償額を定めるについてこれを斟酌すべきことを主張し得るかが問題となるが、当裁判所はかかる場合といえども監督義務者の過失を斟酌し得るものと解する。惟うに、被害者に過失あつた場合は被害者の過失を斟酌し得るのであるから加害者の賠償すべき額は発生した損害額より軽減せられるに拘らず、被害者がたまたま責任無能力であるがために監督義務者の過失を斟酌し得ないとするのは加害者に不利であり、むしろ監督義務者の過失によつて被害者の不利益を認め、責任無能力者は自分の監督義務者の行為によつてかような不利益な影響を受けてもやむを得ないと見ることが、民法第七二二条第二項の精神たる公平の観念に適合するゆえんであると考える。

しからば、原告の両親の過失を斟酌し、前記損害賠償額はこれを減額するのを妥当とするが、右過失が軽度のものである点を考慮し、原告に対する賠償額は有形無形の損害を合せて金六万四千円と定めるのを相当とする。

よつて、原告の本訴請求中原告が被告に対し右認定の賠償額及びこれに対する訴状送達の翌日たること記録上明白なる昭和三十二年一月十一日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容するが、その余の部分は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 上坂広道)

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